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銃弾をラップで防ぐ!…フィリピン・マニラ空港、「弾丸恐喝」の〝闇〟  2016-04-14

 フィリピンのマニラ空港(ニノイ・アキノ国際空港)で、常識外れの“銃弾戦”が繰り広げられている。空港職員が乗客の荷物に故意に銃弾を押し込み、直後のX線検査で見つけ「銃弾の機内持ち込みは違法行為だ」として見逃す代わりに現金を要求する「弾丸恐喝」が多発しているのだ。空港利用客は弾丸の挿入を防ぐため、食品包装などに使われる透明のラップで荷物を守るという。セブ島をはじめとした観光名所を抱える南国の島で何が起こっているのか。(岡田敏彦)

 銃弾をこっそり荷物に

 米CNNテレビ(電子版)などによると、マニラ空港では少なくとも昨年はじめから、空港職員が乗客の荷物にこっそり銃弾を入れておく不正行為が横行し始めた。

 自分の荷物に銃弾が入っているなどとは露知らず、荷物のX線検査を受けると、職員がこれ見よがしに銃弾を見つけ、「機内に銃弾を持ち込むのは犯罪だ」などと脅迫。見逃すことと引き替えに現金を要求するというものだ。同様の被害は昨年1月から11月までの間に、発覚しただけで30件にのぼったという。

 現地報道によると、要求される金額は2万〜4万フィリピンペソ。日本円で約4万9千円〜9万8千円だ。支払いを拒否した場合は危険物持ち込みの容疑で犯罪として摘発され、留置のうえ裁判により同額以上の罰金を支払う羽目になる。特に狙われるのは乗り継ぎ客で「予定の便に乗れないくらいなら、払った方がまし」と泣く泣くお金でカタをつけるのだという。

 被害の一例をあげると、昨年9月18日にはフロリダ在住の米国人宣教師(当時20歳)がマニラ空港第4ターミナルにおいてX線検査で荷物内の銃弾を“発見”された。X線検査担当の職員から「黙っていてやるから金を払え」などと3万フィリピンペソの「口止め料」を要求されたが、宣教師は支払いを拒否。6日間拘留されたうえ、保釈金を支払う羽目となった。

 別の日本人は、銃弾が自分のものではないとして口止め料の支払いを拒否したため逮捕、書類送検され、4万ペソの罰金を支払わされたという。被害者には、どう考えても銃弾と縁のないフィリピン人の主婦もいた。

 また、裁判のなかで「口止め料を支払えば見逃してやると言われた」と職員の違法行為を明らかにする被告も続出。空港を管理運営するマニラ空港公団は昨年10月1日、乗客の手荷物検査を行う運輸省派遣の係官25名を停職処分にした。

 犯行の手口

 直後の同月30日には大統領府より声明が発表されたが、その内容は「マニラ空港のX線検査において、銃弾の所持を理由に口止め料を要求される恐喝事件が相次いでいるが、マニラ空港の利用を恐れる必要はない」というもの。大統領周辺は、この問題を野党が格好の政府攻撃材料にしているとみて「批判されているほど大きな問題ではない」と主張したのだ。

 しかし、事件の全容が解明されず、解決策もないなかのピント外れな声明に、旅行関係サイトを利用するネットユーザーらは「安心してカモになれ。命までは取られないのだ-と言いたいのか」などと反発した。

 また、恐喝に関与していると指摘された空港警察は11月始め「X線検査を受けるために乗客が荷物を手放してから、検査を終えて荷物を受け取るまで約10メートルしかない」と説明し「この短い距離で職員が銃弾を挿入することは不可能だ」と自らの無実を主張したが、これにはメディアが一斉に反発した。

 CNNによると、この10メートルの間に銃弾を荷物に挿入するのは至極簡単だ。鍵付きのファスナーの場合は、ファスナー部分にボールペンを刺してこじ開け、弾丸を押し込むのだ。また地元テレビは元検査職員を取材し、同僚が行っていた不正の手口を暴露。銃弾を人さし指と中指で挟んで隠し、荷物を触る際にねじ込むテクニックを実演させた。リュックサックのような外側にポケットのある荷物は「難易度ゼロ」で、銃弾を仕込まれたうえ、中の貴重品が盗まれることもあったと報じられた。

 相前後して空港職員ら2千人が集団でミサを行って無実をアピールする一幕もあり、犯行の全容解明や関係者の処分、監視カメラの導入などといった再発防止策は遅々として進まなかった。ところが11月初旬に英BBCテレビや米FOXニュースなど欧米メディアがこの「弾丸恐喝」を世界中に報じ、大問題に発展したのだ。

 ラップで防御

 一方で、海外旅行に興味のあるインターネットユーザーらの間では、早くから対抗策が広まった。ひとつは金属製や樹脂製のスーツケースを使うというもの。またリュックサックを背負って安価に世界を旅するバックパッカーらを中心に広まった自衛策は、荷物をラップでぐるぐる巻きにくるむという手法だ。

 頑丈で破れないラップなら、簡単に銃弾を押し込むことはできない。刃物などで無理矢理に穴を開けて弾丸を挿入した場合は、ラップに破った跡が残るため、第三者の“犯行”と証明できるというのだ。この「ラップで防弾」の手法はインターネットの旅行愛好者らが使う掲示板などで瞬く間に広まり、最終的には樹脂製のスーツケースをラップで包んだうえ、開閉部には粘着テープを上張りするという二重三重の鉄壁な防御に発展した。

 そしてマニラ空港では、空港当局が旅行者の荷物をラップで包む新サービスを始めたという(希望者のみ)。空港当局がやるべきことは、そんなことではないはずだが。

 英雄の登場

 そもそも欧米の報道は、「弾丸恐喝」の被害にあった米国人男性がその一部始終の動画をネットで暴露したことから始まった。ツイッターでは特定の話題をつなぐハッシュタグで「#laglagbala」(弾丸恐喝の意)が作られ、多くのネットユーザーが被害情報を共有し、空港当局を批判する声が広がったのだ。

 こうした怒りの声は地元フィリピンでも巻き起こった。同国のエヘルシト上院議員は、上院での調査の必要性を主張したうえで「マニラ空港での恐喝事件は、世界への恥さらしだ」と指摘した。

 こんななか、地元の英雄が不正撲滅に声をあげた。ボクシング6階級世界チャンピオンで下院議員のマニー・パッキャオ氏だ。

 地元メディア「サンスター・マニラ」などによると、フィリピンから外国へ出稼ぎに向かう国民が多く被害に遭っていることに心を痛めたパッキャオ氏は、無料の弁護士チームを組織するとともに緊急連絡電話番号を公開、被害者支援に乗り出した。パッキャオ氏は「政府が適切に対処しない限り、被害者はなくならない」と指摘している。