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2017-03-07

【衝撃事件の核心】野焼き原因の火災で工務店全焼 保険金はなぜ支払われなかった…約款免責事項のからくり

 そうだ、カボチャを植えよう-。空き地へのごみの不法投棄に悩まされていた所有者の女性は、家庭菜園を作って被害を防ごうと思い立った。まずは雑草を刈り取り、野焼きのために火をつけた。これが悲劇の始まりだった。火は風にあおられて、みるみるうちに燃え広がり、隣地の工務店を全焼させてしまう。幸いけが人はいなかったが、女性は1500万円もの賠償金を支払うことに。それでも心に余裕があった。「日常生活に起因する偶然な事故」を補償してくれる「個人賠償責任保険」に加入していたからだ。ところが保険会社は「保険の対象にならない」と支払いを拒否。女性は訴訟に打って出たのだが…。

まさかの大炎上

 裁判記録によると、大阪府内に住むその女性は、自宅から車で30分ほどの場所に、長女との共有分も含め約1400平方メートルもの広大な土地を所有していた。かつては第三者に貸していたこともあったが、平成20年以降は空き地になっていた。

 このため、ごみの不法投棄に遭うことが多く、女性は親族から「畑として使えば、被害が少なくなるのでは」と提案され、カボチャを植えようと決めた。

 土地には雑草が生い茂っていたが、知人が草刈り機で刈り取ってくれた。女性は広大な敷地を見回し、ひとまずその草を燃やすことにした。今から3年前のことだった。

 女性は草に火をつけた。気をつけていたつもりだったが、火は瞬く間に大きくなり、隣地の工務店の敷地に達した。そのまま工務店の建物に延焼し、最終的に全焼した。工務店の資材も燃えた。

 工務店からすればとんだ災難だが、先にアクションを起こしたのは女性側だった。女性側は重大な過失がない限り賠償責任を免除する「失火責任法」を盾に、工務店に対する債務不存在の確認を求める訴訟を大阪地裁に起こしたのだ。当然のことながら、工務店も損害賠償を求めて反訴した。

 裁判所は女性に対し、免責が認められない可能性が高い旨を述べ、双方に和解を勧めた。結局、女性が解決金1500万円を支払う内容で和解が成立し、昨年1月、女性はその額を負担した。

もしものときの保険のはずが…

 その一方で、女性は10年から米系保険会社の個人賠償責任保険に加入していた。保険勧誘の仕事をしていた知人から勧められたのがきっかけだった。

 女性は自身や子供が他人にけがをさせたり、物を壊したりしたときの補償になる保険を探していた。その希望に沿う商品として紹介されたのが今回の保険だった。

 「日常生活での偶然の事故で他人に被害を与えたときに保険金が下り、職務に関わらない事故が幅広く補償対象になりますよ」

 女性は担当者からそんな説明を受けたという。支払限度額は1億円という話だった。

 約款にはこう記載されている。

 《当会社は、日本国内において発生した次のいずれかの事故による損害にかぎり、保険金を支払います》

 (1)被保険者の住宅の所有、使用または管理に起因する偶然な事故

 (2)被保険者の日常生活に起因する偶然な事故

 (注)住宅以外の不動産の所有、使用または管理を除きます

 女性は契約に基づき、工務店に支払う1500万円分の保険金について、保険会社に支払いを請求した。

 すると保険会社側は、今回の事故が約款の注記《住宅以外の不動産の所有、使用または管理》にあたるとして支払いを拒否した。損害は保険でカバーできると考えていた女性からすれば到底納得できない。こういうときのための保険ではないのか。女性は保険会社に支払いを求めて、再び大阪地裁に提訴することになる。

免責事項が焦点に

 訴訟で争点となったのは(1)家庭菜園作りのための野焼きが、約款上の「日常生活に起因する偶然な事故」に当たるか(2)空き地での事故は、約款注記《住宅以外の不動産の所有、使用または管理》の免責事項に当たるか-の2点だった。

 女性側はこの保険について「被保険者が職業上負担する責任を除いて、それ以外の場合に負う責任をほぼ全面的にカバーする保険商品として設計されているから『日常生活』とは、職務生活における行動を除き、被保険者が営む生活行動の全てを指す」と訴えた。つまり仕事以外の行為は、すべて日常生活に当たるというわけだ。

 そして、今回の野焼きは家庭菜園のための準備行為だから、仕事には関係がない。ゆえに日常生活による事故だと述べ、争点(1)を前面に押し出した。

 これに対し、保険会社側は争点(2)を重点的に主張。「原告は土地を家庭菜園として利用するために雑草を燃やしたのだから、土地を家庭菜園とするために最適な状態に処置する行為、すなわち『管理』をしたことになる」と反論。あるいは「土地を家庭菜園として使用するための準備行為、すなわち『使用』の一環である行為をしたものだ」と指摘した。しかも今回の現場は自宅と離れた空き地であり、「『住宅以外の不動産の所有、使用または管理』に起因した事故にあたる」とし、保険金を支払わないことの正当性を訴えた。

 女性側は、雑草に火をつける行為が免責事項の「住宅以外の不動産の使用または管理」に該当するとの保険会社側の主張に対し、「通常人の理解を超える不当な拡大解釈だ」と批判した。

あえなく敗訴

 迎えた判決。裁判所は「家庭菜園のための野焼きは日常生活上の行為にあたる」と女性側の主張を認めた。ただ、現場の土地は居住用に使われているものではないのは明らかで、免責事項の「住宅以外の不動産」に当たると認定。争点(2)について「『住宅以外の不動産の所有、使用または管理』に起因した事故にあたる」という保険会社側の主張を認めた上、野焼きが日常生活だとしても免責の判断は変わらないとして、女性側の請求を退けた。

 保険会社の広報担当者は「個別の案件へのコメントは控える」としながらも、約款注記の「住宅以外の不動産の所有、使用、管理」は、事故の発生現場を住宅か住宅以外の「場所」だけで区切るものでないと説明する。

 つまり、場所が住宅以外であっても「不動産の所有、使用、管理」をめぐる事故でなければ保険金は支払われるというのだ。例えば、同じ場所で保険加入者が友人と遊んでいる際にけがをさせてしまったケースなら、不動産の管理などには当たらず、保険が下りる可能性があるという。

 土地への不法投棄を防ぎ、食卓にカボチャを並べようと女性が心に描いたささやかな〝一石二鳥〟は、予想外の出費に終わった。

 女性側は控訴せず、判決は確定した。